も楽じゃない。アフリカ……あそこは日焼けがひどいね。じゃ、どうです。いっそコルシカへいらしちゃ。……手近で浮世離れしたなんてのはあそこ以外にはありませんな。春なんざすてきなもんですよ。そこらじゅう一面にベタベタと花が咲いてね、まるで理髪店《とこや》の壁紙のように派手なことになっちまうんです。そのなかでまた鶯《うぐいす》がのべつにピイチク・ピイチク鳴く。そうすると百舌《もず》だって引っ込んじゃいられない。負けずにピチョ・ピチョとやり返す、そのうちに月が出て引分け[#「引分け」に傍点]ってことになるんです。川には川でやたらに魚がいますね。その川ってのには、しょっちゅう温泉が流れ込むんで、魚はみないい加減にうだってぐったりしているんですよ。また山地へ行くと『|藪知らず《マッキオ》』ってのがある。棘《いばら》や木の枝が、こう、ご婦人の寝乱れ髪って工合に繁っていて、そのなかには鶫《つぐみ》もいれば虎もいる。そいつを藪《やぶ》のそとからぶっ放す……檻のなかの獣を撃つより楽なもんです。それから野山羊《のやぎ》、……こいつがまた変ったやつでしてね。毎朝自分の方からのこのこやって来ちゃ乳を置いて行くんで
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