から、今晩は多分腰から上だけで出てくるつもりなんだろう。いやもう思っただけでもぞっとする」
「油紙でもあるまいし、どこの世界に燃えあがる幽霊なんかあるもんですか。貉《てん》かなんかの悪戯《いたずら》に違いないのよ。今晩また出て来たら鉄砲を撃《う》っておどかしてやりましょう。もし手答えがなかったら、それは幽霊に違いないのだから、引きあげるならそれからでも遅くないよ」
さて、物置きに投げ込んであった喇叭《ラッパ》銃に煙硝と鹿|撃《う》ちのばら玉をあふれるばかり詰め込み、藁《わら》をたたいて詰めをし、窓の隙間から筒口を出して昨夜《ゆうべ》幽霊が退場した雑木林の入口に見当をつけ、半焼の幽霊いまに目にものを見せてくれようと待っているうちに、おいおいと夜もふけ渡り、幽霊出現の定刻となると、青白い月の光の中に浮び出たものは幽霊にはあらでたくましい一匹の虎。
「うわゥ、うわゥ」と奇妙な声で咆吼《ほうこう》しながら、首を振り腰をひねって、しきりに前庭を遊曳《ゆうえい》する様子。コン吉はたまりかね、この一発なにとぞ虎に命中せしめたまえ! と、八百万《やおよろず》の神々に念じながら、ズドンとばかりに打ち
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