振り上げ、こいつを物の化めがけて投げつけると、松明はちょうどその足もとまでころがってゆき、幽霊はたちまち裾から火が付いて燃えあがった。幽霊は、
「うわッ」と、ものすごい声で叫びながら石垣の下へ飛び降り、草の上をころげ廻ってようやく火を消し止めると、小走りをしながら雑木林の中へ消え失せた。
跡をも見ずに逃げ帰ったコン吉は、夜明けまでがたがたと歯の根も合わずに震えていたが、日の出と共にようやく元気を取りもどし、
「タヌ君、これはいよいよ駄目だ、急いでこの小屋を引きあげることにしよう。この小屋ではやたらに人が死んだそうだから、いずれ続々と出て来るに違いない。一人でもあんなに驚くのだから、束になって出て来たら、僕はもう目を廻すよりほかにしようがない」というと、タヌは、
「あら! お化けが出て来たの。耳よりな話ね、今晩はあたしにも見せてね」と勇み立つ。コン吉はうらめしそうにタヌの顔を見ながら、
「見せるも見せないも、僕が傭って来たわけでないから、見るのはご自由だが、僕はもう幽霊の礼奏《アンコオル》なんか沢山だ。なにしろ昨夜《ゆうべ》の幽霊などは下《した》っ端《ぱ》の方はだいぶ燃えたような様子だ
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