から、そちらの大人のご希望もあったことだから、未熟な節廻《ふしまわ》しではあるが、一齣《ひとくさり》ご披露しよう、といって、くり返し巻き返し同じような唄を歌い、蹣跚《まんさく》たる足どりで帰っていった。
 六、虎か人か亡霊か将《は》た油紙か。族長《カボラル》の物語に違《たが》わず、翌日の夜中ごろからこの不吉な小屋はおいおいとその本領を発揮することになった。族長《カボラル》の話を聞いて以来、コン吉は何の因果か、とかく夜中真近くなると上厠繁数《じょうしひんすう》の趣きであったが、これがまた不幸なことには、厠《かわや》は母屋《おもや》から遠く離れた裏庭の奥の、うっそうと葉を垂れた枇杷《びわ》の木のそばにあるのです。
 その夜も我慢に我慢を重ねたすえ、ついに止むに止まれぬ次第となったので、藁松明《ブランドン》に火をともし、風の音にも胸をとどろかせながら、そろりそろりと厠の方へ歩いてゆくと、眼の前の石垣伝いに漂い歩いている、なんとも形容のつかない朦朧たる[#「朦朧たる」は底本では「朧朦たる」]物の影を見たから、日ごろ小胆なるコン吉は、一たまりもなく逆上して、一|切《さい》夢中に松明《たいまつ》を
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