用の鉞《まさかり》を帯びたという、華々しくもまた目ざましい装《いでたち》。
 やがて、フランスの本土は、水天一髪の間に捕捉しがたい淡青色の一団となって消えうせようとするころ、海上風光の鑑賞にようやく飽き果てた同舟の若干は、物見《ものみ》高くも東洋人の周囲に蝟集《いしゅう》し、無人島探険にゆくつもりであるか、とか、支那の戦争はまだやみませぬか、とか、口々にたずね始めた。男子なる方は、五月蠅《うるさ》きことに思ったのであろう。われわれはこれから、コルシカはタラノの谿谷《けいこく》へ虎狩りにゆくつもりであること。つまり、虎の耳をつかまえ、ヒラリとその背中に飛び乗るが早いか、この短剣をもって、こう突いて、こうえぐって、その皮は応接間の敷物にするつもりである旨、いろいろと身振りをまぜて説明すると、一同は感にたえたものか、とみに言葉も出ない様子であった。するとその群の中から進み出て来た一人の年配の紳士、ニコニコと笑いながら、
「いや、なかなかお勇ましい事です。私もあのへんまで保安林の切株検査にまいります。お差支えありませんでしたら、どうかお供させて下さい。そう願えれば、私も安心して旅行を続けられる
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