くお目にとめてご覧ありたい」
 そういってから、腰に吊していた匕首《プニャアレ》を抜き、三度死人の頬に触れ、死人の毛髪を少し切り取って胸の小嚢《こぶくろ》に納め、それから柩に向って手をうちながら、荘重な声で、|即席の埋葬《ヴォチェロ》歌を唄い出した。
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こいつは村で一番の射撃の名手であった。
雀の嘴《くちばし》から麦の粒を撃ち落す奴であった。
この地上にはもう撃つものがなくなったので、
それでお前は天国へ行ってしまったのか。
そんなら神様と二人で雲雀《ひばり》でも撃って遊んでいるがいい。
お前の敵は鉄砲持ちをするために、
いずれ後から追いつくだろう。
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 すると、一同はこれも手を打ちながら「いずれ後から追いつくだろう」と、追句《レボレ》を唱った。
 族長《カボラル》は聖句も読みあげ、死人の蹠《かかと》に油を塗り、柩の蓋をすると、六人のコルシカ人は柩をかつぎあげ、低い声で鎮魂歌《レクエイム》[#ルビの「レクエイム」はママ]を合唱しながら墓地《カンポサンタ》の方へ、夕星の瞬く丘の横道をゆるゆるとのぼっていった。
 族長《カボラル》は柩が丘の向うに見えなくなるまで見送ってから二人に向い、
「コルシカ人を手にかけたものは、コルシカ人の復讐を受けなくてはならん。ここに並んだ五人の同郷人《パトラン》のうちの二人がそれを果すのでごわす。それは今日から三日目のアヴェ・マリアの刻限までに果されることになりましょう。では、どうぞ、これでお引き取り下され」といって扉《ドア》をあけて戸外を指した。
 コン吉とタヌは、かねて覚悟はしていたものの、あまりのことの次第に驚きあきれ、しばらくは言葉もなく、林の中をよろめき歩いていたが、
「あゝあ、これでギリギリ結着というところだ。今度という今度は助かるまい。それともタヌ君、どうせやられるものなら、一つ死んだ気で逃げ廻ってみようか!」と、いうと、タヌは首を振って、
「いや、それは無駄よ。たとえ世界中逃げ廻ったって、いずれやられるに違いないのよ。そんなら逃げ廻って苦しむだけ無駄ね」
 コン吉は天を仰いで長大息し、
「いや、そうと決まれば僕も日本男子だ。もう、じたばたするものか! 撃つのか突くのか、なんとでも勝手にするがいい、立派にやられてみせてやろう!」
 あとは互いに手をとり、感慨無量に瞳を見合わすばかり
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