上なるはかねて用意の花束に、熱き接吻を一つ添え目ざす方へと返礼する。桟敷の上では、これをつかもうと乗り出して墜落する奴、帽子を飛ばして禿頭を露出する奴、採取網を振り廻して、他人の頭に瘤《こぶ》をこしらえる奴、てんやわんやの大騒ぎ。
 すると、この大騒動のまっただ中へ、耳を聾《ろう》するばかりの轟々《ごうごう》たるエンジンの地響を打たせ、威風堂々と乗り込み来たったのは、豪猪《やまあらし》の如き鋭い棘《とげ》を蠢《うごめ》かす巨大なる野生|仙人掌《さぼてん》をもって、全身隙間なく鎧《よろ》いたる一台の植物性大|戦車《タンク》。アレアレッと驚き見まもる暇もなく、砲塔をゆるやかに旋回させ、八|糎《センチ》速射砲の無気味《ぶきみ》なる砲口を桟敷の中央に向けたと思うと、来賓席の二段目を目がけて、たちまち打ち出す薔薇やアネモネの炸裂弾。息もつかせぬ釣瓶打《つるべう》ち。桟敷の上からも棕櫚《しゅろ》の木のてっぺんからも、たちまち起こるブラヴォ、ブラヴァの声。湧き返るような大喝采《だいかっさい》、大歓呼のうちに、やがて、砲塔の円蓋を排して現われたのは、眉美《まみうるわ》しき一人の東洋的令嬢《にほんのおじ
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