えたり。花束に未練はあっても出費《ついえ》を好まぬ温和なる人々は、アルベエル一世公園を貫く車道の両側にて、一脚五法の貸し椅子に納まり、そのうしろにして、爪立《つまだ》ちしてなお及ばざるは音楽堂の屋根、または棕櫚《しゅろ》の幹、噴水盤の頭蓋《あたま》などによじ登り、「花と美人の会合《ランデブ》」を、せめてその眼にて瞥見し、もっぱら後学の資《たし》にしようと、まだ明けやらぬ五時ごろからひしめき集う大衆無慮数万。碧瑠璃海岸《コオト・ダジュウル》の人口をことごとくここに集めたかと思わるる盛況。
 やがて定刻間近く檸檬《シトロン》と夾竹桃《ロオリエ・ロオズ》におおわれたるボロン山の堡塁《ほうるい》より、漆を塗ったるがごとき南方|藍《あい》の中空《なかぞら》めがけて、加農砲《キャノン》一発、轟然《どうん》とぶっ放せば、駿馬《しゅんめ》をつなぎたる花馬車、宝石にも紛《まご》う花自動車、アルプス猟騎兵第二十四連隊の軍楽隊《ファンファール》を先登に、しずしずと競技道路《スタアド》に乗り込み来る。まっ先に登場したのは、「|王室の象《エレファント・ロワイヤル》」と名づけし、ミラノの自動車王グラチアニ夫妻の花
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