ど》の中に姿を現わし来たる。折しもあれやバロン山で打ち出す三発の号砲は、午後二時より催される謝肉祭仮装大行進発程の合図。満堂の異形の群集は、明《あか》らひく曙《あけぼの》の光に追われし精霊《すだま》のごとく、騒然《どやどや》と先を争って、廻転扉の隙間からかき消すごとく姿は消えて跡白浪《あとしらなみ》。
 二、踊り踊るならマッセナの広場で。一月上旬の顕出節《エピファニイ》から、五月下旬の基督昇天祭《アッサンシオン》まで、碧瑠璃海岸《コオト・ダジュウル》一帯に連る名だたる遊覧地、――就中《とりわけて》、ニース市は約半歳の間、昼夜を分たぬ大遊楽、大饗宴の熱閙《ねっとう》と化するのが毎年の恒例。空には花火、地には大砲、日がな毎日どんどん・ぱちぱち。ヴェニス提灯、大炬《アーク》灯。疲れをしらぬ真鍮楽隊。キャフェの卓には三鞭酒の噴泉、旗亭の食料庫には鵞鳥と伊勢海老の大堤防。昼は百余の山車《だし》の行進、花合戦。夜はオペラの異装舞踏会《ヴェグリオーヌ》、市立遊楽会《カジノ・ミュニシバル》の仮装会《ルドウト》。それでも足らずにマッセナの大広場を公開して、踊ろうと跳ねようと勝手にまかす。ニース全市は湧き
前へ 次へ
全34ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング