と、公爵はあまたたびうなずいて聞いていたが、やがて、空を見上げて雲の流れを見、そばの松の樹の幹に掌《てのひら》を当てて、何かしばらく考えていたが、
「今日は南が吹いていますね。……湿気も温度もちょうどいい。珍らしく良い状態《コンディション》だ。よろしい、やりましょう! いらっしゃい!」と、鋭くいいすてたまま、つかつかと遊楽館《カジノ》の中へ入っていってしまった。
 二人はあっけにとられて見送っていたが、なにしろ、そろそろ夕風も冷たくなって来た、いささが[#「いささが」はママ]空腹の模様でもある、公爵を捨ててニースへ帰ろうか、それとも、遊楽館《カジノ》に引き返し、運を公爵の天に依頼して、もう一度モ軍対日仏連合軍の戦闘を開始しようかと協議を始めた。『生きた花馬車』ならびに一〇一号事件以来、多少人生に懐疑をいだくようになったコン吉は、あまり思わしくない顔色をしながら、
「なにしろ、僕はもうしばしば公爵の霊感には手を焼いている。ことに今度は、相手が賭球盤《ルウレット》だからどんなことになるかわかりゃしない。どうせ、まとも[#「まとも」に傍点]なわれわれがやったって勝てないのに、どうしてまともで
前へ 次へ
全34ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング