ほどお尻を蹴っ飛ばしてやりたい、ってことよ。モナコの征伐はそれからでもいいわ」と、しきりに甲声をあげているその背中を、ポンとたたくものがある。振り返ってみると、そこに立っていたのは、白い医務服を着たモンド公爵。
 二人はそれを見るより、左右から腕をとって、
「うわア、モンド公爵」
「ま、どうしてここへ!」と、口々にたずねると、モンド公爵は、意味不明瞭な微かな微笑[#「微かな微笑」に傍点]をもらしながら、
「あはあ、ちょっと散歩」と、軽くうなずいてみせた。
「でも、侍従長がよく外出させましたね」
「彼奴《きゃつ》、椅子にゆわえつけられていました。この白いのが……」と、医務服の裾をつまんでみせ、「彼奴《きゃつ》の式服です。わたくしがこれを着ていると、やはり侍従長ぐらいには見えるでしょう。……王宮の生活は無味閑散で困ります。今日はぜひとも散歩をしたくなったので、ご城中へうかがいましたら、こちらの方角へ御台臨になったということで御|追踵《ついしょう》いたしました。……時に、どうです。賭球盤《ルウレット》ですか。銀行賭戯《バカラ》ですか」
 そこで二人は、今までの仔細《いきさつ》を手短かに述べる
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