はなはだしきは額に玉の汗をうかべ、髪を引きむしってしきりに焦慮苦心する様子は、さながら学年試験の試験場の光景に異ならない。
 コン吉とタヌは、遠慮会釈もなく人垣を分けて、最も回旋盤《ルウレット》に近い椅子に割り込み、まさに美膳に臨もうとする美食家のような会心の笑みを浮べながら、ゆうゆうと卓《テーブル》の風景を観賞していたが、やがて、コン吉は咳《がい》一|咳《がい》、
「どうだね、そろそろ始めることにしよう。見廻すところ花々しい勝ち方をしている諸君もあまりいないようだ。ひとつ、この青羅紗の上へ、驚天動地の旋風を巻き起こして諸君の目を醒ましてやろうではないか」というとタヌは、うなずいて、
「急ぐにも当らないようなものだけど、じりじりなま殺しにされるよりも、ひと思いにやられた方が、モナコ公国だって助かるでしょう。じゃ気の毒だけど、そろそろ始めましょう。……コン吉、兎の足は持ってるわね」
「大丈夫だ、いま撫でるところだ。……それはそうと、どこへ賭《は》ったっていいようなものだが、ともかく、最も距離の短いところへ置くことにしよう。飛んで来る賭牌《ジュットン》にしたってあまり疲れないですむわけだか
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