ことをいう。コン吉は、なるほどとうなずいて、
「いや、それもそうだ。でもネ、三百五十万法なんていう模擬貨幣《ジュットン》は、一体どこへしまったらいいのかね。もちろん、衣嚢《かくし》なんかにははいり切れはしまい」と、いうとタヌは、
「よくまあ君はくだらないことを苦にする人ね。心配無用よ。これを御覧なさい」といって、腰掛けの下から紙包を出してその紐《ひも》を解くと、そのなかから、小馬なら一匹まるのまま、尻尾も余さず入るかと思われるような、巨大なズック製の買物袋が現われた。
七、日軍肉迫すモンテ・カルロの堅塁《けんるい》。金|鍍金《めっき》とルネッサンス式の唐草と、火・風・水・土の四人に神々に護《まも》られた華麗《けばけば》しき賭博室《サル・ド・ジュウ》。十二台の青羅紗の卓《テーブル》の上には、美しいニッケルの旋回盤《ルウレット》が、『六日間自転車競走』における自転車の車輪のごとく、朝の八時から夜中の二時までやむ時もなく旋回する。卓《テーブル》の周囲に蝟集《いしゅう》する面々は、いかなる次第に属するのか、みな一様に切迫した面持をし、手帳に数字を書き込み、何やら計算し、忙しくささやきかわし、
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