うばかりに、棕櫚《しゅろ》の大鉢を並べ立てた薄暗い部屋の隅から、「これは、これは、ようこそ御入来」といいながら立ちあがって来た、眼の鋭い、三十五六歳の白皙美髯《はくせきびぜん》の紳士。床に額を打ちつけるほどうやうやしく一|揖《しゅう》した後、「花馬車一等賞万歳! まずもって祝着《しゅうちゃく》の至りに存じます。……さて、手前がつまりご紹介にあずかりました一〇一号室でございます。お国の安南《アンナン》には、併合前六ヵ月ほど滞留いたしまして、キャオ・ワン・チュウ殿下のご知遇をかたじけなくいたしました。時に、両殿下には、今日はいかような御用向きで御高来くださいましたか」と、たずねた。タヌは、急に安南《アンナン》の女王のような重々しい声で、「君は『幸福の鍵』ってのを持っているそうですが、本当ですか」と、ご下問になった。すると、一〇一号氏は、うわッと一礼してから、
「いかにも仰せの通りでございます。しかし、それは鍵と申しましても、鋳物で作った鍵ではございませン。つまり、幸福を握る秘訣といったようなものでございますヨ。一口に申しますとですナ。無限に金を儲ける術でございます。……一九二五年のことでご
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