ざいますヨ。手前は交趾支那《こうちしな》の安交《アンコオル》から暹羅《シャム》の迷蘭《メエランク》地方へ猛獣狩りに参りました。するてえと、ある夏の暑い日でしたナ。ちょっとした水溜りのわきへ『虎落し』を仕掛け、米の樹のそばで銃を構え、虎が水を飲みに来るのを待ってると、近くで怪しいうなり声がするんですナ。近寄って見ると、まるで玉蜀黍《とうもろこし》の茎《くき》のようにやせた百五六十歳の老人が、日射病にやられて苦しんでいるのですヨ。そこであり合せの兎の足で喉を撫でたり、蓮《はす》の葉っぱで頭を包んでやったり、いろいろ介抱しましたら、それでどうにか一命は取り留めたんですナ。非常に感謝しましてネ。教えてくれたのがこの術なんです。つまり、五|呎《フィート》以内にある物体なら、なんでも手元へ呼び寄せることができるんですナ」
といいながら、チョッキの衣嚢《かくし》から、朱色の模擬貨幣《ジュットン》を取り出して、大きな白鳥を薄浮彫《すかしぼり》した机の上に置いた。
「これはモンテ・カルロの球賭盤《ルウレット》に使う百|法《フラン》の模擬貨幣《ジュットン》ですがネ、手前が呪文を唱えると、ヤッと掌の中へ飛
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