国人の微妙なる差別を広く一般に示すはこの時なり。是が非でも一等賞を獲得し、かたがたもっていささか皇国《みくに》の光を異境に発揚せずんばあるべからず、とコン吉においてはタヌもろ共、ああでもない、こうでもない、「首」ひねったあげく、やがて妙趣天来。念を入れたうえにも念を入れ、手配り万般、ここに相整いまして、いまやその日を待つばかり。
 三、白地に赤き日の丸の旗翻るニース海岸。合衆国河岸《ケエ・デゼ・ダシュニ》に沿って今日の花合戦のために仮設されたる※[#4分の1、1−9−19]|粁《キロ》三階の大桟敷《トリビュウヌ》。花馬車はすなわちこの桟敷《さじき》の前を軽歩して、桟敷の貴縉《きけん》紳士と花束の投げ合いをしようという仕組み。さるにても花馬車には、欧米に名だたる美形佳人が搭乗するのが古来の法式ゆえ、ふらんす・あるまん・あんぐれい、秀才・豚児の嫌いなく、この期《ご》に来たり合わしつる身の妙果。世界に著名《なだか》き美人のお手から、せめて腐れた菫《すみれ》の花束でも、一つ投げられて終生の護符《おまもり》にしよう、席料の三百|法《フラン》、五百法は嫌うところにあらず、と逆《のぼせ》あがってぞ控えたり。花束に未練はあっても出費《ついえ》を好まぬ温和なる人々は、アルベエル一世公園を貫く車道の両側にて、一脚五法の貸し椅子に納まり、そのうしろにして、爪立《つまだ》ちしてなお及ばざるは音楽堂の屋根、または棕櫚《しゅろ》の幹、噴水盤の頭蓋《あたま》などによじ登り、「花と美人の会合《ランデブ》」を、せめてその眼にて瞥見し、もっぱら後学の資《たし》にしようと、まだ明けやらぬ五時ごろからひしめき集う大衆無慮数万。碧瑠璃海岸《コオト・ダジュウル》の人口をことごとくここに集めたかと思わるる盛況。
 やがて定刻間近く檸檬《シトロン》と夾竹桃《ロオリエ・ロオズ》におおわれたるボロン山の堡塁《ほうるい》より、漆を塗ったるがごとき南方|藍《あい》の中空《なかぞら》めがけて、加農砲《キャノン》一発、轟然《どうん》とぶっ放せば、駿馬《しゅんめ》をつなぎたる花馬車、宝石にも紛《まご》う花自動車、アルプス猟騎兵第二十四連隊の軍楽隊《ファンファール》を先登に、しずしずと競技道路《スタアド》に乗り込み来る。まっ先に登場したのは、「|王室の象《エレファント・ロワイヤル》」と名づけし、ミラノの自動車王グラチアニ夫妻の花
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