わり二重括弧、1−2−55]と、披露《アノンセ》するとほとんど同時に、MANQUE《さきめ》 とは縁のない PASSE《あとめ》 の23[#「23」は縦中横]に落ち着いた。
 お、これはいかん、とコン吉が、丸天井もつん抜けるような胴間《どうま》声を張り上げ、
「|小僧や、ここへ来い《ギャルソン・ヴィヤン・イシイ》! |小僧や、ここへ来い《ギャルソン・ヴィヤン・イシイ》!」と、けたたましく連呼したが、青札《ジュットン》は急につんぼにでもなったのか、泰然自若として身動き一つするでもなく、さればとて恥入ったような面持をするでもなく、のめのめと金方《バンキエ》の熊手《ラットオ》にさらわれていってしまった。
 これは! と、あきれて、声もなく顔を見合わしている二人のそばへ、四方八方から駆け寄って来たのは、空色の家令服に白い長靴下をはいたカジノの給仕《ギャルソン》達、およそ二十人あまり、
「|何か御用で《ムッシュウ・エダアム》?」と、うやうやしく一斉にお辞儀をした。狐につままれたような顔をして給仕《ギャルソン》の大群を見廻していたコン吉は、おろおろと舌をもつらせながら、
「なんですか? 別に用事はありません」と、いうと、給仕《ギャルソン》たちは声をそろえて、
「でも、ただ今、(|給仕来い!《ギャルソン・ヴィヤン・イシイ》 |給仕来い《ギャルソン・ヴィヤン・イシイ》!)と、続けさまにお呼びになりました」と、申し立てた。
 八、○《わ》は〇《ぜろ》に通ず不可思議なる霊感。どうやら詐欺に引っかかったようだ、とおそまきながら気が附いたのは、およそ四千法ほどすってしまってからのこと。二人はカジノの正面にある、朱塗りの床几《バン》に腰を掛け、鼻っ先に截《き》り立った白堊の山の断面が、おいおい赤から濃い紫に変ってゆくのをわびしげに眺めながら、言葉もなく鼻を突き合していたが、コン吉はやがて力なく、
「日モナ戦争は日本の敗けだ。われわれが抵当にならぬうちに、どうだろう、タヌ君、もうそろそろ退却しようではないか。僕はもう、城も、遊艇《ヨット》も欲しくない。ニースのホテルへ帰って心おきなく給仕《ギャルソン》を呼びつけてみたい。それが僕の望みだ」と、半ば慰め顔にこれだけいうと、タヌは激昂の余憤がいまだおさまらぬらしく、
「あたしの望みはね、一〇一号をこのズックの袋に入れて、松の木へ吊して、いやっていう
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