ェ――ああコン吉よ。諦めるがよろしい。一体何を証拠にしてコン吉が支那人にあらずして日本人であることをこの場で証明できるであろう。ああ、旅行券《パスポオト》!
しかし、その旅行券さえ「|三匹の小猿荘《ヴィラ・トロワ・サンジュ》」の寝室の鞄の中にはいっているのである。
九、日本人が欧洲で活躍した一つの実例。マッセナの広場に陣取った、クロワゼットの国墨大隊の軍楽隊が一斉に「マルセーユ」を奏し始めた、ニース市を縦に貫く|勝利大通り《アカニユ・ド・ラ・ヴィクトワアル》に今年の「|謝肉祭の王様《マジェステ・ドュ・キャルナヴァル》」がゆらぎ出したのだ。欧羅巴《ヨーロッパ》に名だたる第四十六回目のニースの謝肉祭の幕はいま切って落されたのだ。大通りの両側には士農工商、貴縉《きけん》紳士、夫人令嬢老若童婢と、雲霞《うんか》のごとく蝟集する中をよろめき歩く貸椅子屋の老婆、行列《マルソウ》の番附《プログラム》を触れ売りする若い衆、コンフェッチを鬻《ひさ》ぐ娘など肩摩轂撃の大雑踏大混雑、行列《マルソウ》の先駆を務めるのは、長い喇叭《コルネット》を持った凛々しき六人の騎士、その後に続くは白兎の毛で縁取りした、
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