sあくび》をしてから、筏の上に長くなって、鼾《いびき》をかき始めた。並々ならぬ筏の動揺と、ぞっとするほど冷たい波の潮沫《しぶき》で驚いて眼を覚ましたコン吉がキョロキョロと、四辺《あたり》を眺めるところ、どうやら海上の風景が平素に比べてなんとなく単調な趣を呈しているというのは、筏は、陸《おか》からそれをつないでおく太いロップを断ち切って泳ぎ出しいまやアンチーブの岬のはるか沖合を漂々閑々と漂っている様子。
あっと仰天したコン吉は、たちまち思慮分別を失い、
「やあ! 難船だ、漂流だ!」と時化《しけ》にあった臘虎《ラッコ》船の船長のように、筏の上、地駄婆駄《じたばた》とうろたえ廻ったが、いかにせん、筏はキャンヌの岸を離れることすでに四粁《いちり》余り、叫ぼうにも陸に声の届こうはずはなし、元来この筏なるものは、陸《おか》真近につないで紳士淑女の飛び込みならびに休憩の用に供するために造られたものゆえ、櫓櫂《ろかい》も帆もあろうはずはない、コン吉の狼狽には頓着なく筏は己《おの》が好むにまかせてなおも自在に漂ってゆく。
コン吉の声に夢さまされたタヌはこれも意外な環境に驚き、
「あらま、大変ね、ずい
前へ
次へ
全33ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング