ごう》たる疾駆を続けてゆく。
 とある隔室《コンパルチマン》の中を差し覗けば、豆電気を一つだけ点《とも》した混沌たる紫色の薄明りの中に、赤い筒帽を冠ったアルジェリの帰休士官、加特力《キャソリック》の僧侶の長い数珠《じゅず》、英吉利《イギリス》人の大外套、手籠を持った馬耳塞《マルセイユ》人――それぞれクッションのバネの滑《すべら》かな動揺につれて、ひっきりなしに飛びあがりながら眠りこけているうちに、漫然と介在した若い男女の東洋人、これもまたはなはだ不可解な姿勢をたもちながら、前後不覚に眠っている様子。
 男子なる方は、卅一二歳とも十七八歳とも見える曖昧しごくな発達をした顔の半面に、蒙古風の顴骨を小高く露出させ、身近に置かれたるマルセイユ人の手籠の編目へ鼻の先を突っ込んで睡眠しているのは、多分その中にしかるべき滋養物でも嗅ぎつけたからでもあろうか。かたわらなるは、十七八歳の令嬢ふうの美婦人、座席の上に横坐りして絹靴下の蹠《あしのうら》を広く一般に公開し、荷物棚から真田紐《さなだひも》でつるした一個二|法《フラン》の貸し枕に河童頭《かっぱあたま》をもたらせ、すやすやと熟睡する相好は、さながら
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