髓ソする物件を破壊するとか、そのうえ、あるまい事か、この四年以来欧州くんだりを遊歴し、つぶさに苦楽をともにした畏敬する相棒《コオバン》、美しきタヌ嬢に対して、
「|やい、この駱駝の雌め《エエ・シャメル・トア》!」の称をもって呼んだというのである。「さあ、|鮫の緬《キャヴィヤ》を持って来い、シトロンを持って来い!」
「いやよ」
「いやよ、とは寛怠至極。しからばこうだ」
「待った、待った! その人形を投げるんじゃないよ。そっとあたしに渡してちょうだい」
「なんの事はない。ほれ、ポイとこの通り」
「うわア、なさけない事になっちゃった」
「吾輩の命令に服従しないと何をするかわからないよ」
「はい、はい。では、どのくらい?」
「ケチな事をいうな、沢山持って来い。それから、湯タンポがぬるくなったから取り換えるがよかろう。ついでに僕の股引《キャルソン》をば洗濯しておくがよろしい」
「癪《しゃく》だわア。覚えていらっしゃい」
「なんですか?」
「いいえ、いますぐ」
三、美人知恵深く惑障至って少なきこと。おお! 日ごろ温和にして猫のごとく従順な君コン吉が、こんなふうにむやみに乱暴を働くというのは、多分
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