~ったならば、一体どうすればいいのだろう」
「わかってる。ほら、あの隅んところに大きな蝙蝠傘《こうもりがさ》を用意しておいたから、あれを拡げると、雨だって風だって防げるわけよ」
「いや、結構です。でもネ、僕はこの通り毛布の下に寝巻《ピジャマ》を着ている始末だから、ちょっと上まで行って……」
 ともかく、一|寸《すん》延しにしてその間にしかるべき応急手段を廻《めぐ》らそうという魂胆《こんたん》。タヌは、|四分の三身《トロワ・キャア》という仕立か外套に腕を通し運転用手袋《クーリスパン》をはきながら、
「いいえ、かまわないよ。楽にしていたまえ」と、今にも出発しようという身構え。コン吉は絶体絶命。
「どうもありがとう。……でもネ、僕なんかにこんな自動車はもったいないです」と、ひたすらに辞退する。
「君、もったいないことなんかあるもんですか。汽車で行くよりずっと安あがりだよ。いいわね、ニースまでの汽車賃は一人片道四百|法《フラン》でしょう。それに大鞄《マル》の運賃が二百法、赤帽代二十法、座席の予約料《レセルヴェ》が三法。こいつを往復の計算にすると……」
 ここでタヌは、消炭《けしずみ》のかけらを
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