B赤酒五|瓦《グラム》。
午後 一・〇〇 コントラ・バスの演奏。
同 二・〇〇 食塩水五〇〇|瓦《グラム》。生の玉葱《たまねぎ》三個。
同 三・〇〇――四・〇〇 日光浴。
同 五・〇〇 熱気療法。(腹と背中へ焼鏝《やきごて》をおっつける療法)
同 六・〇〇 食塩水五〇〇|瓦《グラム》。生烏賊一匹。
同 六・三〇 遊戯。
同 七・〇〇 就寝。
[#ここで字下げ終わり]
ざっとこんな工合にやるつもりなの。じゃ、いいわね。明日《あした》から始めてよ。
四、鰈《かれい》に附ける薬あれば、猫にも財布の必要あり。タヌの新案にかかる、「脳神経の栄養を主としたる即物的な家庭療法」が、どれほど偉大な効果を有するものであるか、その第一日目の夜半においてコン吉は三十九度の熱を出し、脈搏結帯、上厠頻数《じょうしひんすう》、さてそのあげく、毛細管支炎|喘息《ぜんそく》腐敗食による大腸|加太児《かたる》という、不思議な余病を併発したのによっても明白だというものである。これにはタヌも色を失い改めて医者よ! 薬よ! と、右往左往した末、どうやら一命は取りとめたが、余後はなはだ香《かん》ばしいというわけにはゆかず、今年の冬はぜひとも巴里の冷たい霧から逃れ、南仏蘭西の海岸に日光と塩分を求めて転地しなければならぬという、医師の勧告に従うのやむなきに立ち到った。
しかるべき手廻りの品も鞄に納り、行先きは岩赤く海碧きサン・ラファイエルの岬か、ミモザと夾竹桃《ロオリエ・ロオズ》の咲くヴィル・フランシュの海岸と定め、早朝から里昂停車場《ギャアル・ド・リヨン》へ座席の予約に行ったタヌは、さてその夕方になってから、はるか谷底の舗道の上で、
「コン吉よ、コン吉よ」と、けたたましく呼ぶのである。素破《すわ》また事件の到来、凶事の発端、と、よろめく足を踏みしめながら、鉄鎧戸《ベライン》を開いて露台から霧の街道を見おろすと、タヌは何やら黒い物体の上に跨《またが》って、はなはだ快適な嬌声をあげているので。
「コン吉よウ! これなんだかあててごらんなさアい!」
「芥箱《ごみばこ》の上なんかで遊んでいないで早く上がって来うい」
「なにいってんのよウ。これは自動車だぞオ!」
「誰れのだあ?」
「買ったのよウ!」
「金はどうしたア?」
「君の為替で買ったんだア」
そこでコン吉は、まだ充分健康を回
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