し、誠意を披瀝したのは、誠にもって不思議とも面妖ともいうべき次第であった。この試演に撰ばれた曲というのは、次のような句で始まるのである。

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ピエロオさん
ペンを貸しておくれ
月の光で
一|筆《ふで》書くんだ……
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 しかし、この楽器はまだ不完全であったばかりでなく mi の音が演奏中に居睡りをしたり、fa が pipi をするために突然紛失したり、とかく無事に演奏を終えた事がない。
 ああ、金言にもあるごとく、坐して喰えば、山のごとき紙幣の束も、いつかは零《ぜろ》となるであろう。まして、多寡の知れた共同の財布が、どうしていつまでも、日毎夜毎《ひごとよごと》のこの大饗宴を持ちこたえることができるであろう。
 さて、旬日ののち、嚢中《のうちゅう》わずかに五十|法《フラン》を余すとき、悩みに満ちた浅い眠りを続けているコン吉を遽然《きょぜん》と揺り起すものあり。目覚めて見れば、これはまたにわかに活況を呈し、頬の色さえ橙色《だいだいいろ》となったタヌが立っていて、次のような計画をコン吉にもらすのであった。
 コン吉よ、これがもし名案でないというな
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