につけては首をひねり、何やらすこぶる煩悶の体《てい》に見えるのは、実に次のような仔細《しさい》のある事であった。
 ジェルメェヌ後家の約束に違《たが》わず、この八人の悪魔の突撃隊は、毎朝六時に眼を覚まし、真紅になってわめき立て、手鍋《キャスロオル》をたたき、鬣狗《ジャカアル》のように吼《ほ》え、歯ぎしりし、当歳の赤ん坊までが、「フランス万歳!」と、廻らぬ舌で叫びながら、コン吉とタヌが階段の上《あが》り口に構築したがらくた道具の鹿砦《バリカアド》を乗り越え、押しもみひしめいて階段を押し昇って来る有様は、巴里市民諸君のヴェルサイユ宮殿乱入の件《くだり》もかくやと思われて、ルイ十六世ならぬコン吉も、さながら身の毛もよだつばかり、ついには、蒲団の洞穴の奥に身をすくめ、魂も身にそわぬ二人を引き出し、馬乗りになって眼玉の中へ指を突っ込む。腹の上で筋斗《とんぼ》を切る、鳩尾《みぞおち》を蹴っ飛ばす、寝巻の裾《すそ》へ雉猫《きじねこ》を押し込むという乱暴|狼籍《ろうぜき》[#「狼籍《ろうぜき》」はママ]。別の一隊はと見てあれば、六絃琴《ギタアル》を踏み台にして煖炉の棚に這いあがるもあり、掛時計と一緒に
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