らば、この世に名案などというものはないのであろう。君も知っている通り、この村の第一の名物は、サラ・ベルナアルの腐れた荘園《シャトウ》であって、第二は村長の子供自慢である。そこで、あたしは村長を煽動して、現今仏蘭西で流行している「健康児童共進会」を、この島で開催しようと思うのだ。そして、わが家の八人の子供を除く以外の、全部の島の子供に、その前日|緩下剤《ラキサトール》を与えて優しく下痢をさせ、一等から八等までの賞金をわれらの手に獲得しようと思うのだ。もしそれが五百|法《フラン》ででもあるならば、われわれはそれを旅費にして、懐《なつ》かしい巴里へ帰られるというものだ。コン吉よ、これは決して夢ではない。また夢であらしめてはならないのだ。
 フレー! フレー! コン吉! 巴里へ行く道は近いのだ。ああ、巴里!
 九、村の掲示板は古風な拡声器。
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  健康児童共進会
   (種牛共進会は来月に延期。)

資格 当歳より十歳までの児童。ただし、本島産にして、血統の正しきものに限る。
賞金 一等三百法。
   二等二百法。
   三等百法。
   四等より八等まで五十法|宛《ずつ》。
時  一九二九年八月二十五日。午前十時。
所  当村小学校において。
品質審査 本土より専門小児医来島審査す。
       ベリイルランメール島
               ソーゾン村長
[#ここで字下げ終わり]
 一〇、子供は家の宝、福運の基。まだ明け切らぬ小学校前の広場には、集りさんじた出品者ならびに出品物の数数およそ二百人。木の切株に掛けるもあり、手洟《てばな》をかむもあり、何《いず》れ劣らぬ浜育ちの、おのがじし声高なる子供自慢、毛並から眼の色、耳の穴まであげつらって、これぞ今日の第一等賞《プレミエ・プリ》と、人はいえば吾《われ》もまた、そうはならぬと、果ては互いの子供の棚おろし、やれ耳がでかすぎるの色気が悪いの、さながら馬市の馬をひやかすようないい草。一方には昨夜《ゆうべ》の夜釣の小鯖《こさば》の目勘定、十字を切るもの、子をあやすもの。そこへ放し飼いの牛までまじって、モウモウ、オギャアオギャアと大変な混雑雑踏。さて、コン吉ならびにタヌは、八人の悪魔を引き具して、門前のマロニエの下に円陣を作り、いとも鷹揚《おうよう》に構えていたのは、多分然るべき勝算があっての事と見受けられた。
 さて、式場の一段高いところには、型のごとくコップと水瓶、その下に白木の長テーブルを連ねたのは、この上に出品を並べて審査する手筈。下手《しもて》には鰯粕《いわしかす》の目方を衡《はか》る大秤、壁に切り目を入れた即製の身長測定器、胸囲、身長、体重の平均を年齢別に表した大図表、何やら光るニッケル製の医療器械まで出しそろえ、ものものしくもいかめしい有様であった。
 定刻ともなれば、古きフロック・コートに赤白青の村長綬章を襷掛《たすきが》けにした村長が、開会の辞をかねて一席弁じたが、その演説の要旨こそは、さすがのクレマンソーも靴下一枚で一目散の代物《しろもの》、書かでも御想像を願いたい。
 要するにこの結末は長々と書き綴《つづ》るにはおよばないのであろう。読者諸君のお察しの通り、どういう不幸な暗合か、出品した五十人の子供は、わが家の八人の小国民を除く以外、みなそれぞれ適当な下痢を起こし、はなはだ香《かん》ばしからぬ状態にあったので、フランス本土からわざわざ審査に来た小児医は、ただただ鼻をおおって閉口するばかり。当日の賞金は、一等から八等まで、直接の保護者たるコン吉とタヌの手に渡ることになった。
 この賞金合計八百五十|法《フラン》のうち、四百法だけを今日までの子供らの養育費として受け取り、残りの四百五十法は、今日以来八人の子供を扶養することになった仏蘭西共和国政府へ、改めてコン吉とタヌから、扶養費の一部として献納することになった。

 フランスの本土とこの「|美しき島《ベリイルアンメール》」をつなぐ定期船は、八月の青いブルタアニュの波を舳《へさき》で蹴りながら、いま岩壁を離れたところだ。村長、村民、麺麭《パン》屋の若い衆と肉屋の娘、それに八人の子供達が、岩壁の上に立ち並び、みな名残惜しげに手を振り声をあげて別れを惜しむのであったが、この八人の木像どもはいぜんとして唇をへの字に結び、眉根に皺《しわ》を寄せてむっつりと押し黙っているのだ。船からタヌが、
「do−do ちゃんご機嫌よう! re−re ちゃん、時々手紙をくれるのよ! fa−fa ちゃん、あまり高い所へ登るんじゃありませんよ」
 と、せわしくそれぞれ八人の子供に声を分ち、うるんだ眼でうなずいて見せ、帽子を振り、ハンカチで洟《はな》をかんだ。
 船は海老の生巣《いけす》を浮かせた堤
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