たちを招いて、何かひと言挨拶したいと思った。さまざまな起伏のすえ、幸福になったひとたちの顔々《かおがお》を、この新しい出発を前に、もう一度つくづく眺めておきたかった。
部屋の隅の路易《ルイ》朝ふうの彫刻《ほり》のある大きな箱時計が六時を打つ。
どうしたのか、茜さんは、やって来ない。
それから、また十五分。晩餐は正確に六時に始めることに書いてやってあったのだが、十五分過ぎてもまだやって来ない。
キャラコさんは、落ち着かない思いで、客間の入口のほうばかり眺めていた。
玉川の奥からやって来るのでは、電車などの都合で、このくらい遅れることはあるかも知れない。茜さんには、五月の末ごろ、一度元気な顔を見たきり、その後、かけ違って会っていない。
だから、いま、どんな事情になっているのか、まるっ切り察しようがなかった。
とうとう、半になる。それでも、茜さんは、やって来ない。
麻耶子が、キャラコさんのそばへやって来て、ひくい声で、
「あまり、遅くなりはしない? 始めながら待っていてはどうかしら。……もっとも、これ、ボクばかりの意見じゃないんだよ。鮎子さんたちの組が、みなお腹《なか》をすか
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