立つまい?」
「でも、どうぞ」
「自分で使おうと思うから迷いが起きる。他人《ひと》に使われると思いなさい。だいたい、その辺へ精神をすえて置けば、たいして間違った使い方もせずにすむだろう」
長六閣下は、※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]《あずち》のほうへ向きなおって、靫《ゆぎ》から矢を抜き出す。
キャラコさんは、スゴスゴとじぶんの部屋へ戻って来た。
一日おいて、その翌朝《あくるあさ》、キャラコさんは、威勢よく長六閣下の部屋へ入って行った。
「お父さま、あたし、いま中支《ちゅうし》でやっている同恵会の仕事を見学に行きたいと思うんですけど……」
長六閣下は、書見台《しょけんだい》から顔をふり上げて、
「よかろう」
と、それだけ、いった。
名目は薬局員ということにし、同恵会の仕事の全部にわたって、できるだけ実際にたずさわらしてもらうことに了解がついた。
出発は、一月一日の夕方ということに決まった。
二
今夜の会合は、キャラコさんの新しい出発へのお祝いと送別を兼ねた晩餐会だった。
キャラコさんは、この送別会を機会に、この十一ヵ月の間に触れ合った全部のひと
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