立って、ブルンと矢筈を震わせる。
キャラコさんは、長六閣下のほうへ近づいて行く。
「お父さん、あたし、きょう、お金をいただきましたの。この中に四千二十五万円ばかり入っているんです」
長六閣下が弓を持ったままで、うん、といいながら、振り返る。
「そうか」
キャラコさんは、情けない声を、だす。
「あたし、困ってしまいましたわ」
長六閣下が、おだやかに、うなずく。
「それは、困るだろう」
「あたし、かくべつこんなお金、欲しくないのよ。……それに、あまり多すぎるようですわ」
「それは、そうだ。……しかし、いずれこうなることはわかっていたのだから、覚悟はあったはずだ。なんで、そんなに周章《うろた》える」
「でも、あまりとつぜんなので、咄嗟《とっさ》にどう考えていいかわかりません。……あたしには、こんなたいへんなお金、とても、うまく使えそうにはありませんわ」
「失敗《しくじ》ってみるのもよかろう。初めからうまくはゆくまい」
「ねえ、お父さま、ともかく、これをどうすればいいのでしょう」
「そんなことは、自分で考えなさい」
「教えていただけません」
「教えてやってもいい。しかし、たいして役にも
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