先で、そっと角封筒に触わってみる。固い、ひどく四角張ったものを指の先に感じて、びっくりして、周章《あわて》て手を引っ込ませた。
「この中に、四千万円のお金が入ってるなんて、なんだか、本当のこととは思えないわ。……四千万円! どう考えても、すこし多すぎるようね」
キャラコさんは、紙挾みと角封筒を取り上げると、それを手に持って、長六閣下の居間のほうへ歩いて行った。
庭の奥の矢場のほうで、鋭い弓弦《ゆづる》の音が聞える。
キャラコさんは、縁から庭下駄をはいて、庭づたいに、矢場のほうへ入って行った。
長六閣下が、上背のある、古武士のようなきりっとした背《そびら》を反《そ》らせて、しずかに、弓を引き絞っている。まっ白い毯栗《いがぐり》の顱頂《ろちょう》のうえに、よく晴れた秋の朝の光が、斜めに落ちかかっている。
弓も矢筈《やはず》も、水のようにしずまりかえって、微動さえしない。
ヒュン、と澄んだ弓弦《ゆづる》の音がし、弓から離れた矢は、矢羽根をキラキラ光らせながら、糸を引いたように真っ直ぐに※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]《あずち》のほうへ飛んでゆく。的の真ん中に矢が突き
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