を入れてあり、正金銀行の角封筒には、警察の徽章とよく似た金色《きんいろ》の紋章が鮮やかに刷り出されてある。
こうして、この二つが並んだところを眺めていると、なんとなく『罪』とか、『悪』とか、『法文』とか、『刑罰』とか、そんなような、あまりゾッとしない忌わしい文字が、次々に連想の中へ浮びあがってくる。
波瀾のない、平和な自分の生活の中へ、ぼんやりとした暗い影を背負った不吉なものが、無理やり割り込んで来たように思われてならない。形容のつかない色々繁雑なことや、手に負えないめんどうなことが、今日から数《かず》限りとなくひき起こって来るような気がする。
これからは、とても、今までのように呑気にしているわけにはゆくまい。
望んでもいないのに、無理やり大人にされてしまったような、浮世の荒波《あらなみ》の中へ急に押し出されたような、知らない他国で日が暮れかかったような、何とも頼りない、心細い気がする。じっさい、この厳《いか》めしい活字や金色《こんじき》の紋章は、今までのじぶんの生活とは、いかにも縁の遠いもので、どうしても心がなじまないのである。
キャラコさんは、おずおずと手を伸ばして、指の
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