これぐらいのことで泣くひとがありますか。これから元気で赤ちゃんを生まなければならないひとが」
「なんだか、あまり、嬉しくて……」
長六閣下が、のっそりと、やって来る。
「あなた、男を生まんといけんぞ。いいか」
茜さんが、涙の中で、微笑する。
「ええ」
御母堂が、身体をねじ向けながら、
「キャラコさん、産婆さんのほうは、もういってあるの」
「もう、間もなく来るといっていました」
「それでいい。……どうしてまだ、なかなか。あわてるには及ばない」
それから、梓さんたちの組のほうへ向って、
「さあさあ、あなたがた。キャラコさんに手伝って、お釜でお湯を沸《わか》してちょうだい。火の起こし方を知っていますか」
鮎子さんが、威勢のいい声をだす。
「知っていますわ、おばさま」
「そんなら、そろそろ取り掛かってちょうだい。……それから、秋作さん、あなた、気の毒だけど、槇子《まきこ》さんにつき添って行って、入用なもの、薬局で買って来て、ちょうだい。寝ていたら、かまわずたたき起こしなさい。せめて、それくらいのことをしなければ、来た甲斐がないでしょう。……それから、大学の先生たち、あなたがたのどなた
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