キャラコさんも、すこし周章《あわて》ている。両手でしっかりと、茜さんの手を握った。
「そうじゃないの。あたしにあなたの手を握らせて!」
 冷たい小さな手が、むやみな力でキャラコさんの手を握りしめる。
「あなたの手が、すっぽり抜けて行きそうだわ。もっと、しっかりつかましてちょうだい」
 小刻みな痛みが頻繁に来るらしく、そのたびに異様な力で、ギュッと握りしめて来る。
(誰でもいいから、ひとりいてくれると、いいんだけど。ほんとうに困ったわ!)
 キャラコさんの頭に、ふと、ある考えがひらめいた。
(できるだけ賑《にぎ》やかにして、不安をなくしてあげよう!)
 キャラコさんが、精一杯の声で叫ぶ。
「茜さん、いま、うんとにぎやかにしてあげますからね、ちょっとの間、ひとりで頑張っていてちょうだい。いいわね、手を抜いてよ」
 不安がって、切れぎれに叫ぶ茜さんの声を聞き流して戸外へ飛び出すと、夢中になって、以前の荒物屋のほうへ駈け出した。公衆電話は、荒物屋の角にある。それは、さっき見ておいた。
 息せき切って、公衆電話の中へ飛び込む。先に産婆さんにすぐ来てくれるよういって置いて、麻布の沼間の家へ電
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