! このまま死んでもいいわ」
「馬鹿なこといわないでちょうだい」
うっとりと眼を閉じていた茜さんの声が、とつぜん[#「声が、とつぜん」は底本では「声が、、とつぜん」]、聞きとれないほど低くなる。
「気が遠くなりそうだわ。……どうしたのかしら。ちょうど、お酒に酔ったみたい」
キャラコさんは、大きな声をだす。
「元気を出しなさい。……あなた、お産婆さんの電話番号、いえるわね。いまのうちに、あたしに教えといてちょうだい」
「世田ヶ谷の五八番、というの」
そういい終らないうちに、茜さんが、キュッと身体を縮めながら、鋭い叫び声を上げた。
「辛いわね、辛いわね」
キャラコさんが立ちあがった。
「あたし、お産婆さんに電話掛けて来るわ」
茜さんの手が、えらい勢いで、キャラコさんのスカートの裾を引き止めた。
「行かないでちょうだい。どうぞ、ここにいて……。恐《こわ》いわ、恐いわ」
さっきのおだやかな表情はなくなって、劇《はげ》しい不安と恐怖でひき歪んだ顔で、囈言《うわごと》のように叫びつづけるのだった。
「始まったわ、始まったわ。……キャラコさん、ここへ坐って、どうぞ、手を握らしてちょうだい
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