かり世間馴れているというだけで、そんなに性質の悪い青年というのではなかった。ただ、たいへん気が弱いので、前科者の貧乏人の妹など、家へ入れるわけにはゆかないという母の意見を押し返しかねているのだった。
 キャラコさんは、率直にたずねた。
「茜さん、それで、向うのかたは、いま、どうなってるの」
 茜さんは、なんともいえない深味のある微笑を浮べながら、
「あのひとは、やはり駄目なの、気が弱くて。でも、無理もないところもあるのよ。本当のお母さん子なんだから。……お金なんか持って来たけど、みな返してやったの。あたし、ひとりで、ちゃんと生んでみせますって。もう、何とも思っていませんわ。……ただね、……淋しいことだけが、つらかったの。……おや、また泣いてしまうところだった。もう、泣くことなんかいらない。あなたが来て下すったんですもの。……ね、キャラコさん、どうぞ、あたしの赤ちゃんを見て行ってちょうだい。それまで、そばにいてくださるわね」
「あたし、ここで、あなたと一緒に、頑張るつもりよ。だから、元気を出してちょうだい。決して、心配なさらないでね」
 茜さんは、うっとりと眼をかすませて、
「嬉しいこと
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