、馬がヌーッと長い顔を差し入れた……要するに、この広い大きな客間には、この十一ヵ月の間にキャラコさんが新しく懇意になった二十人あまりのひとたちと一匹の馬、……約一年ほどの間に、キャラコさんの周囲《まわり》でさまざまな人生の起伏を見せたひとたちが、ただ二人だけを除いて、あとは一人残らず全部ここにそろっている。
 箱根の蘆《あし》ノ湖畔で木笛《フリュート》を吹いていた佐伯氏は、まだこんな席へ出て来れない事情にあるので、ここにそのひとの姿はない。佐伯氏の妹の、あの美しい茜《あかね》さんの顔もまだ見えないが、どんなことがあってもおうかがいするという返事は二日前に届いているから、もう、間もなくやってくるだろう。
 キャラコさんは、とりわけ、今晩は愉快そうに見える。
 胸のゆるやかな、ワイン・カラーの薄薔薇《うすばら》色のジョーゼットの服をすんなりと着て、のどかな顔で客間の中を歩き廻りながら、あちらこちらへ愛想をふりまいている。
 イヴォンヌさんが、ノオ・カラーの服の胸に蘭の花をくっつけて、レエヌさんのところと、大騒ぎをしている長椅子の鮎子さん達の組の間を眼まぐるしく行ったり来たりしている。
 秋
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