キャラコさん、……あたし……たったひとりだったの……」
 キャラコさんは、泣いてはいけないと思って我慢に我慢を重ねたが、こんなひどい荒屋の中で、茜さんがたったひとりで、淋しさや苦しさと戦っていたそのつらさはどんなだったと思うと、やるせなくなって、とうとうシクシクと泣き出してしまった。
 とつぜん、濡れた手がはいよって来て、しっかりとキャラコさんの手頸《てくび》をつかんだ。
「あたし、嬉しくて、気が狂いそうだわ」
 キャラコさんが、その手をにぎり返して、
「茜さん、あなた、淋しかったでしょうね。よく我慢なすったわね。ほんとうに、えらいわ。こんなところで、たったひとりで」
 茜さんは、キャラコさんのいうことなどは、まるで聞いていない。じぶんのいうことだけ早くいってしまおうというように、
「ええ、ええ。どんなに淋しかったか知れないわ。……でも、もう大丈夫。あなたが来て下さったから。なんて、嬉しいんだろう。……なんて、安心なこと。……まるで、夢のようね。あなたがいらして下さるなんて、思ってもいませんでしたわ」
「あなたは、ほんとうにひどいのよ。どうしてあたしに、知らせてくれなかったの。どんなこ
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