し、すぐまた真っ蒼になった。幻影《まぼろし》でも見ているひとのような自信のない眼付きで、穴のあかんばかりにキャラコさんの顔をみつめていたが、とつぜん、ほとばしるような声で、
「キャラコさん!……あなた、どうしてこんなところへ!」
 キャラコさんは、半ば夢中で、膝で茜さんの蒲団のうえへ乗りあがって行った。
「茜さん、あなた、たいへんだったのね。どうしてあたしに教えてくれなかったの。それは、ひどくてよ」
 茜さんは、キャラコさんの声がまるっきり、耳に届かなかったように、
「キャラコさん、あなたどうして、こんなところへいらしたの。今晩、会がおありなんでしょう」
「いま、盛んにやっていますわ。あたし、よくお断わりをいって、途中から脱けて来ましたの」
「キャラコさん……」
 茜さんの視線が、キャラコさんの顔のうえから動かなくなったと思うと、間もなく、大きな眼の中から押し出すように涙があふれ出て来て眥《めじり》から顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》のほうへゆっくりと下ってゆく。茜さんの咽喉の奥から、ああ、という嗚咽の声がもれ、両手で顔をおおうと、劇しくすすり泣きをはじめた。

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