。こんな辺鄙《へんぴ》なところで)
叢《くさむら》の中に靴を脱ぎすてると、キャラコさんは、かまわず内部へ入って行った。
これは、と驚くような、ひどい荒畳の上へ、薄っぺらな蒲団を敷いて、茜さんが寒々と寝ていた。煤だらけのむき出しの梁《はり》から、十|燭《しょく》ほどの薄暗い電灯が吊り下げられ、ぼんやりと部屋の中を照している。
茜さんの枕元には、瀬戸のはげた古洗面器や、薬瓶のようなものが、ごたごたと木盆の上に置かれてあった。
キャラコさんは、あまり思い掛けないことで、呆気にとられ、閾《しきい》際に立ちすくんでしまった。咄嗟《とっさ》に、何と声を掛けたらいいのか、わからなかった。
茜さんは、油|染《じ》んだ枕の上で、向うむきになったまま、
「お入りになったら、どうか、そこを閉めてちょうだい。……風が入って来ますから。こうしていても、足から凍えて来るようなの。なんて、寒いんでしょう」
キャラコさんは、胸を衝《つ》かれるような思いで、そのほうへつき進んで、畳に膝をつけ、
「茜さん、あたしよ。……剛子《つよこ》よ」
枕の上で、ぐるりと茜さんの頭が廻った。茜さんの顔に、サッと血の色が差
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