草屋へ飛び込んで、ようやく、そこへ行く道筋をきくことができた。
茜さんがいるという百姓家に行き着いた時は、もう八時を過ぎていた。右手は玉川堤で、水の涸《か》れたひろい河原の向うに、川が銀色に光っていた。
その百姓家は荒畑をひかえた、広い草原の中にポツンと一軒だけ建っていた。藁《わら》屋根がくずれ落ち、立ち腐れになったようなひどい破屋《あばらや》だった。柱だけになった門を入って行くと、雨戸の隙間から、チラリと灯影《ほかげ》が見える。涙が出るほど嬉しかった。
キャラコさんは、縁側の雨戸のそばまで一|足《そく》とびに飛んで行って、戸外《そと》から声を掛けた。
「ごめんください。……こんばんは」
ちょっと間《ま》をおいて、内部から、弱々しい返事があった。
「お産婆さんですか?……かまわず、そこを開けて入ってください」
キャラコさんが、雨戸をガタピシさせていると、また内部《なか》から、細い弱々しい、茜さんのつぶやくような声が聞えて来た。
「お産婆さん。よく、早く来て下さいましたわね。わたし、死にそうでしたの、心細くて」
(誰か、この家で、赤ちゃんを生みかかっているんだわ。たいへんだわね
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