出した速達だった。
(茜さんが、なにか大変なことになりかけている……)
 ここにいるひとたちが、みな幸福《しあわせ》そうな顔をしているのに、茜さんだけが、ひとりでなにか苦痛に喘《あえ》いでいる。この晩餐会が、みなのしあわせな顔を見るための会合だったとすれば、それを知りつつ、茜さんだけを放っておけるわけのものではなかった。
 キャラコさんは、ちょっと、といって、立ちあがった。速達を読み上げてから、いま感じているじぶんの気持を、率直に説明した。
「……お招きしておきながら、ほんとうに我ままな仕方ですけど、どうぞ、わたくしを茜さんのそばへ、やって、ちょうだい」
 食卓の向う端で、あの無口な山下氏が、まっ先に、口を切った。
「それは、そうあるのが、当然です。どうか、すぐ、行ってあげて下さい」
 もちろん、誰も異存を唱えるものはなかった。

     三
 小田急の喜多見で降りて、宇奈根町の浄水場を目当てに行くということだったが、その辺は、広い田圃《たんぼ》や雑草の原ばかりで、家らしいものもなく、どこでたずね合わすすべもなかった。あちらこちらと散々迷い歩いたすえ、表戸を閉《し》めかけている荒物煙
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