ただけであった。これが、いちばん喝采を博した。
小間使いが、手に速達を持って入って来て、キャラコさんに、そっと手渡しした。
茜さんからの速達だった。
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キャラコさん。
私だけのことなら、たとえ死にかけていても、必ず、おうかがいするつもりでした。あなたの立派な門出をお祝いするために。それから、いいつくせないお礼の言葉を、お別れする前に、もう一度、それとなく申し述べるために。
でも、今の私は、どうしても身体を動かすわけにはまいりません。こうまで早く、こんなことになって来ようとは、夢にも思っていなかったのです。私は、このひっそりした家にひとりでいて、絶え間なく襲って来るひどい苦痛の中から、いっしんにあなたのことをかんがえています。私の肉体はここにいながら、せめて心だけでも、そこへ行けるようにと思って。……私の席に私はおりませんでしょうが、心だけはたしかに、そこの椅子の上にいるはずです。あまり長くペンを持っているわけにはゆきませんから、もうこの辺で。あなたの、おしあわせを祈りつつ。
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消印《けしいん》の時間を見ると、きょう朝のうちに
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