側にさまざまなひとの顔が見える。
 レエヌさんと保羅《ぽうる》さん。……碧い池の水にあぶなく呑まれかかった梓《あずさ》さん。……見違えるように元気になったボクさんと、一分の間もボクさんから眼を離さないように、うっとりとその顔ばかり眺めている久世《くぜ》氏。その向い側には、相変らず咳ばかりしている黒江氏とその一組。……つい最近、主役で成功した緋娑子《ひさこ》さん。それから、例のやんちゃな五人のお嬢さん。……どの顔を見ても、いちいち深い感慨を、キャラコさんの心に呼び起こす。
(……あの時は、あんなことがあったっけ。……辛いこともあったし、嬉しい思いをしたこともあった……)
 それにしても、ここに茜さんの顔の見えないのは、何ともいえない物足らない思いがする。やるせなくもある。茜さんの口振りでは、あまり幸福《しあわせ》にはいっていないらしいようすだったので、その思いが、いっそう深いのである。
 それはそれとして、みなは、たいへん愉快そうだった。ここにいるほどのひとは、少なくとも、みなキャラコさんを好いていて、これからのキャラコさんの新しい生活を、心から祝福している。
 みな、同じ思いなので、一
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