キャラコさん
新しき出発
久生十蘭

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)沼間《ぬま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)全部|送達《エンヴォイ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「土へん+朶」、第3水準1−15−42]
−−

     一
 麻布竜土町の沼間《ぬま》家の広い客間に、その夜、大勢のひとが集まっていた。温室の中のカトレヤの花のような、眼の覚めるような若いお嬢さんが六人ばかり、部屋の隅の天鵞絨《びろうど》の長椅子に目白押しになって、賑やかな笑い声をあげている。
 そこへ、つい今しがた来たばかりの一人が無理に割り込もうとしたので、押しかえすやら、こねかえすやら、それこそ花園に嵐が吹き通ったような騒ぎになる。
 こちらの土壇《テラッス》に向った大きな硝子扉《ケースメント》のそばには、気むずかしい顔をした学者らしい四人の青年が、途方に暮れたようすで椅子に掛けている。どれもこれも黒っぽい地味な服を着て、もっそりとした恰好で坐っているので、ちょうど、黒い大きい田鶴《たづる》でもそこに棲《とま》っているように見える。
 部屋の右手の凹壁《アルコーヴ》になった大きな書棚の前には、ひと眼で混血児だとわかる美しい兄弟が、小さな円卓をはさんで、たいへん優雅なようすで向き合っている。
 太い薪《まき》が威勢のいい焔《ほのお》をあげている壁煖炉《シュミネ》の前には、肩幅の広い、軍人のような立派な体格の中年の紳士が、しずかに煙草の煙りをふきあげてい、その隣りに、半ズボンの裾から、仔《こ》鹿のようなスラリとした脛《すね》をむきだした九つばかりの少年が、紳士の胸へ小さな身体をもたせかけるようにして、夢中になって何かしゃべっている。
 入口に近い、南洋杉《アロオカリヤ》の鉢植えのそばの椅子には、恰幅のいい切下げ髪のご隠居さまと、ゴツゴツした手織り木綿の着物に、時代のついた斜子《ななこ》の黒紋付きの羽織りを着た、能面の翁《おきな》のような雅致《がち》のある顔つきの老人が、おだやかな口調でボツボツと話し合っている。
 風もないのに、土壇《テラッス》で何かゴトゴトいう物音がきこえる。そのうちに、そこの細長いヴェニス窓が向うから押されて
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