」
キャラコさんも、すこし周章《あわて》ている。両手でしっかりと、茜さんの手を握った。
「そうじゃないの。あたしにあなたの手を握らせて!」
冷たい小さな手が、むやみな力でキャラコさんの手を握りしめる。
「あなたの手が、すっぽり抜けて行きそうだわ。もっと、しっかりつかましてちょうだい」
小刻みな痛みが頻繁に来るらしく、そのたびに異様な力で、ギュッと握りしめて来る。
(誰でもいいから、ひとりいてくれると、いいんだけど。ほんとうに困ったわ!)
キャラコさんの頭に、ふと、ある考えがひらめいた。
(できるだけ賑《にぎ》やかにして、不安をなくしてあげよう!)
キャラコさんが、精一杯の声で叫ぶ。
「茜さん、いま、うんとにぎやかにしてあげますからね、ちょっとの間、ひとりで頑張っていてちょうだい。いいわね、手を抜いてよ」
不安がって、切れぎれに叫ぶ茜さんの声を聞き流して戸外へ飛び出すと、夢中になって、以前の荒物屋のほうへ駈け出した。公衆電話は、荒物屋の角にある。それは、さっき見ておいた。
息せき切って、公衆電話の中へ飛び込む。先に産婆さんにすぐ来てくれるよういって置いて、麻布の沼間の家へ電話を掛けた。驚いて、沼間夫人が電話口へ出て来た。
「たいへんなことが始まっているんですから、ボクさんだけを除《の》けて、皆んなですぐここへやって来てちょうだい。今日は、あたしのための送別会なんですから、何もたずねないであたしのいう通りにしてね。ひとり残らず自動車に乗って、こっちへやって来てください。すぐね。……どうぞ、すぐね」
四
警笛が、草原いっぱいになって、威勢よくヘッド・ライトを光らせた自動車が、十二三台、次ぎつぎに前の荒畑へ乗り込んで来る。
長六閣下。沼間夫人と森川夫人。槇子《まきこ》と麻耶子《まやこ》。梓《あずさ》さんをはじめ五人のやんちゃなお嬢さんたち。秋作氏。久世《くぜ》氏。保羅《ぽうる》さんに礼奴《れいぬ》さん。四人の科学者たち。それから、まだ続々。最後の車から、御母堂と苗木売りの老人がゆっくりと降りて来る。産室の隣りの二間に、これだけの人数が、ギッチリと詰まってしまった。
みなが魂消《たまげ》たような顔をして坐っているのへ、キャラコさんが、中腰のまま、かいつまんで事情を話した。頑固な愛人のお母さんのことや、尻込みばかりしている愛人のことも。
「こんな
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング