長人参だったら、どうでしょう」
「いやはや、それは……」
「やはり、喰べませんかしら」
「傲《おご》ったことをもうすようですが、こいつの口は、あげな棒っ切れのようなものを食べるようには、できておらんのでござります」
「無理に口へ押しつけたら?」
「ああはや、飛んでもない! そのようなことをして、こやつに、フウッと太い鼻息でもひっかけられなんだら、そのひとのしあわせというものでござります」
「……でもね、おじいさん。……あたしたちなら、ひとの親切を感じたら、どうしても嫌《きら》いでないかぎり、我慢して食べるようなことだってしますわね」
 老人は、重々《おもおも》しく首を振って、
「いやはや、こやつでは、とてもそういう都合にはゆきますまいて……。鼻の先へおしつけられさえすれば、見さかいもなく、なんにでもむしゃぶりつくような馬とは、育ちがちがうのでござります。……見てもくださいませ。……あの上品らしい口が、ブランと長人参をくわえるありさまなどは、考えるだも、身の毛がよだつような思いがするのでござります」
 キャラコさんが、ねじのゆるんだような声を、だす。
「なんという気品の高い馬さんなんでし
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