る。
古典的《クラツルク》な馬とでもいうのか、頭が禿げて、ひどく悲しそうな顔をしている。的確にいおうとするなら馬というよりは、皮の袋といったほうがいいかもしれない。お尻の汗溝のあたりも、首の鐙《あぶみ》ずりのところも、肉などはまるっきりなくなって、鞦《しりがい》がだらしなく後肢のほうへずりさがり、馬勒《はみ》の重さにも耐えないというように、いつも、がっくりと首をたれている。
横腹には洗濯板のように助骨《あばらぼね》があらわれ、息をするたびに、波のようにあがったりさがったりする。なにより奇妙なのはその背中だった。鞍下のあたりがとつぜんにどっかりと落ちこんでいるので、首とお尻がむやみに飛びあがり、横から見ると、胴の長いスペイン犬そのままだった。いつも目脂《めやに》をいっぱい溜め、赤く爛《ただ》れた眼からたえず涙をながしている。
おまけに、その馬は跛《ちんば》だった。
むかし、ひどい怪我をしたのらしく、右の後脚がうんと外方《そと》へねじれてしまい、ほかの三本の肢より二寸ばかりみじかい。肢をピョンといちど外へ蹴《け》だしてから、探るような恰好で蹄《ひずめ》を地面におろす。そのたびに、身体が大時化に遭った船のようにガクン、ガクンと左右に揺れる。後ろから眺めると、ちょうどポルカでも踊っているように見えるのである。
屠殺場へゆくほか、この世で役に立てようもないようなひどいぼろ馬だったが、手入れだけは、おどろくほどよくゆきとどいている。ちびた鬣《たてがみ》は丁寧に梳かれ、身体はさっぱりと爬《か》かれて、垢《あか》ひとつついていなかった。
老人は、いつも古手拭いの頬冠りなのに、馬は、耳のところに二つ穴をあけた黒いソフトをかぶっている。雨の日は、老人のほうは、南京米の袋を肩に掛けているだけだが、馬のほうは、古いながら護謨引《ごむび》きのピカピカ光る雨外套を着ている。並んで立っていると、馬のほうが老人よりも、たしかに二倍ぐらい立派に見えるのだった。
老人は、公園の入口のそばへ馬をつなぐと、馬車から飼料槽《かいばおけ》をとりおろし、秣《まぐさ》のなかへひとつかみほどの糠《ぬか》を投げいれて、
「ほら、もう、すぐぞ」
と、いいながら、両手でせっせとかきまぜる。
馬は、待ちきれないように長い首をのばし、老人の手をおしわけて、飼料槽の中に鼻先を突っこもうとする。すると、老人は片
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