うのは、たしかに、趣味のいいことにちがいありません。
あたしは、胸の底から憤《いきどお》りの情がこみあげて来て、じっと坐っていられないような気持になって、思わず長椅子から立ちあがろうとしますと、少年は、ビクッと身体を顫《ふる》わせて、
「もう、お帰りになりますの?……ボクの話、たいくつなのね?……ボク、面白い話をしますから、もうすこしいてちょうだい。きっと、面白い話をしますから……」
急いで話を探し出そうと、あわてふためきながら、しどろもどろな声で、
「……あのね、……それは、ええと、……油絵の帆前船《ほまえせん》なんですけど、絵かきが、ボートを描《か》くことを忘れたもんだから、船が港へはいるたびに、船長さんは、陸《おか》まで泳がなくてはならないというの。……なにしろ、波だって碌《ろく》に描《か》けていないんだから、なかなか楽じゃないって……。どうこの話、面白い?」
あたしの鼻の奥を、なにか、えがらっぽいものがツンと刺します。あたしは、あわてて手を拍《う》ちながら、せい一杯の笑い声をあげました。
「ほんとに、楽じゃない、そんなふうなら! 陸《おか》へあがると、船長さんは絵具だらけ
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