うを見あげてみますと、どの窓も、しっかりと鎧扉《よろいど》がとざされ、廃屋《はいおく》のように森閑としずまりかえっています。
 しばらくポーチにたたずんでいましたが、いつまでたっても、なんの音沙汰もないので、留守なのだろうと思って、あきらめて帰りかけると、うしろで、カチッと掛け金がはずれる音がして、二寸ばかりあけた扉《ドア》の隙間から、小鹿のような臆病そうな黒い大きな眼が、そっとのぞきだしました。
 皮膚の薄い、すき透るように色の白い、上品な面《おも》ざしをした九つばかりの少年で、半ズボンの裾から、スラリとした美しい脛《すね》を見せています。
 あたしが、おどけた顔で失敬をして見せますと、少年はつり込まれてニッコリと笑いましたが、すぐまた、悲しげにさえ見える真面目な顔つきになって、じっとあたしを瞶めています。
 もう一度、笑わせて見たくなって、両手を耳の上にあててヒョコヒョコうごかしながら『兎さん』をやりますと、少年は、だまってあたしの道化を眺めていましたが、自分もこんなことをしていいのかといったような臆病なようすで、そろそろと両手を耳のところへ持って行って『兎さん』の真似をしました。
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