あたしが、のんきな声で、
「お母さま、おるす?」
 と、たずねますと、少年は、扉口にもたれて、靴の踵《かかと》でコツンコツンと扉《ドア》を蹴りながら、
「ママ、一昨日《おととい》からおりません。ボク、ひとりなの」
「おやおや、ねえやさんもいないの」
「誰れもおりませんの。ボク、ひとり」
 そういうと、急に顔を伏せて、泣くまいとでもするように、ギュッと唇を噛むんです。
 扉《ドア》の隙間から、だだっぴろい、ガランとした玄関の間《ま》と、彫刻《ほり》のある物々《ものもの》しい親柱《おやばしら》がついた大きな階段が見えます。こんな広い邸《やしき》に、こんな小さな子供をひとり放っておくというのは、いったいどうしたことなのだろうと思って、呆気《あっけ》にとられて少年の顔を眺めていますと、少年は、眼を伏せたまま、虫の鳴くような声で、
「あなた、おいそがしいのでしょうか」
 と、あたしに、たずねますの。あまり大人くさいいいかただったので、あたしは可笑《おか》しくなって、思わずクスリと笑ってしまいました。
「いいえ、いそがしいってほどでもありませんわ。……どうして? お坊っちゃん」
 すると、少年
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